中野の鼻
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父の思い出
中野は父親の顔を知らない。どうやら流しの歌手でギターがむちゃくちゃ上手くてハーフだった、というようなあまり語りたがらない母がたまに聞かせてくれた情報だけが中野の父だ。
その分、入籍などもしてはいないが父のようにして一緒に暮らした男性が何人かいる。恋多き母のおかげで、いろんな父親を体験できた。幸いにもどの父とも関係は悪くなく、厳密には母子家庭でありながら、通常よりも父が多い。
そんな父のうち、ひとりの話をしよう。
その父は、背中一面に鮮やかな刺青があり、パンチパーマだった。Y組幹部だった。とは言っても陽気で愉快な人だった。
そのときウチには1匹の犬がいた。雑種で、マルチーズの顔つき体つきだが毛が白黒に分かれている犬が。名前はミミ。
犬を飼ったことがある人ならわかると思うが、犬は人間の袖を噛んで遊ぶのが好きだ。あまり犬のしつけとしては良くないが、子犬のうちはそうやって遊ばせていた。ところがミミは、半袖には絶対に噛み付かない犬だった。
というのも、父が上半身裸でテレビなど見ていると、遊んで欲しがったミミがよく半袖と間違えて噛み付いたのだ。
刺青の入った腕を。
ああ、犬って目が悪いから。一応子犬の時期から噛むのはいけないって教えていたので、ミミも驚いたのだろう。袖だと思って噛んだら肉の感触。父が「痛っ!」と声を上げる。
何度か繰り返すうちにミミは、半袖は袖じゃない可能性があることを学んだ。普通絶対に学ばないし、学んでも何の意味もないことなのに。
そんな父の思い出。その父は、ある日大きな仕事に出かけてそのまま帰ってこなくなった。