中野の鼻
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○体離脱
中野は幽体離脱を体験した記憶がある。アレは中学生のころだ。漫画などのように天井近くから寝ている自分を見下ろして…という状態ではない。
夜中にトイレに行こうと思って起きたのだけど、トイレに行く途中で何か違和感を感じたのだ。その違和感が何だったかは覚えてないが、たぶん冬なのに寒くないとかそういうことだろう。あるいはそれはいやな予感のようなものかもしれない。
なんとなくトイレに行かずに寝床に戻ると、そこには自分が寝ていた。なぜだか「ああ、やっぱり」と思い、寝てる自分を起こすと突然主観が寝ている自分の視点に切り替わり、無事にトイレに行ったのだった。
まあただの夢だったのかもしれないけど、非常に現実感のあるものだったので、幽体離脱だったのではないかと判断している。
さて幽体離脱とはどういう状態なのか。つまり肉体を残して幽体や魂、精神体と呼ばれる実態の無いものが抜け出して動く状態のことだと言われている。前述の中野の幽体離脱経験が夢であったとしても、広義では幽体離脱と呼んで差し障りあるまい。
幽体離脱体験はこのように曖昧なものが1回あるくらいの中野だが、その逆は頻繁に経験している。つまり精神をその場に残したまま肉体だけが勝手な動きをしている、肉体離脱状態だ。
たとえば漫画を読んでいて、続きの巻を取るため立ち上がったはずが、なぜかトイレのドアを開けていた、なんてことは無いだろうか。
たとえば電気代節約のためにうちわを取ろうとしたはずが、なぜか冷房のスイッチを入れていた、なんてことは無いだろうか。
まっすぐ家に帰るつもりだったのに、我に返るとコンビニでアイスとプリンとかっぱえびせんを買っていた、なんてことが今までに無かったと断言できるだろうか。
そう、肉体離脱は結構な頻度で起こるのだ。一般的に無意識の行動と呼ばれるものだが、意識は無くなっているのではないのだ。離脱しているだけなのだ。
しかし何も肉体離脱は悪いことばかりではない。人間の記憶と言うものは全身に宿る。シナプスだ。肉体離脱の発現は肉体に記憶が正しくインプットされたことを表している。「身につく」や「熟練」と呼ばれる状態だ。
つまり何らかの形で肉体を動かす人々は、みな肉体離脱の領域を目指していると言える。これからもガンガン肉体離脱していくべきだ。
食事の後、気がついたらお茶で口の中をぶくぶくやってたり。
のぼりエスカレーターで前にいる女性のスカートからでているふくらはぎに眼を奪われたり。
しかもそのままで、トランクス内での泌尿器の位置を修正するために股間をもぞもぞやってたり。
俗に中年の悪癖と呼ばれるものはみな肉体離脱だ。なるほど、熟練度の足りない若造はこういうことをしないわけだ。