新宿に、本格豚丼の専門店がある。豚丼といっても、ここ数年で牛丼の替わりに出てきたような苦し紛れの豚丼ではなく、北海道帯広で60年以上の歴史をもつ、いわば帯広のソウルフードとしての豚丼だ。
新宿末廣亭のそばにひっそりとある入り口をくぐり、地下に降りたところに、その豚丼専門店「
白樺」はある。
中野はその店に一度しか行ったことがないのだが、肉厚の豚肉と油が濃厚なタレとあわさって、極上の味であった。
この店を紹介してくれたのが、以前相撲BEAUTIFULに会うために国会図書館に一緒に行った町田メガネ。北海道出身の彼が、これぞ豚丼だと強く主張するだけのことはある、そういう豚丼だった。
しかし確かに美味いのだが、あまりにも店内の雰囲気や狭さが特殊で、何と言うか非常に入りにくい。精神的な会員制といった風情でさえある。
5人も入ればいっぱいになる狭さ。壁には豚丼がいかに素晴らしい食品であるかを書いた紙がたくさん貼られている。さらに注文を受けてから作り始めるため豚丼がでてくるまで10分近くかかる。話によると水のおかわりを頼むと「摂った栄養が流出するので駄目だ」と断られるそうだ。
あまりにも本気すぎる。豚丼の理想を追い求めた結果の姿がこれではないか。
町田メガネは、この店を支持する自分のことを「白樺派」と表現している。確かにこの店は、理想と人道と個人尊重を胸に抱く白樺派と呼ぶのにふさわしい豚丼専門店である。
とは言え前述の問題もあり、現実的にはそこまで客の入りがいいようには思えない。そう、白樺派は理想を追うあまり社会に対する分析が足りないのだ。
それに対して、現実生活に密接した金額と手軽さを持った松屋や吉野家の豚丼は、まさしくアララギ派と呼ぶに相応しいのではないだろうか。
そして、白樺派の味や満足度、アララギ派の生活に密着した手軽さ、その双方の優れた部分をアウフヘーベンした
豚丼和光は、いわば豚丼の近代文学ではないだろうか。
それぞれにいい部分があり、それぞれに味がある。普段は近代文学を気軽に楽しみつつも、懐具合によっては金額も安いアララギ派で生活密着の豚丼を食べながらも、時には白樺派の理想に触れる。そんな文化的な豚丼との付き合い方もいいかもしれない。
特定の店舗や文学を貶める意図などは一切ありません!あと白樺派とアララギ派については、そこまで詳しくもないのにほとんど調べずに書いてるので、色々間違ってる可能性がありますが、気軽に読み流してください!
豚丼と牛丼の区別つかんアハハハハ(∀^^)