友人のしんすくが、
サイトで罰ゲームをいろいろと提案している。従来の罰ゲームには、なにかと痛みであるとか不快感であるとか、負の罰ゲームが多かった。しかし、こういった前向きに罰ゲームに取り組む姿勢というのは注目に値するのではないか。
罰ゲームへの、真摯な姿勢。
そう、罰ゲームは確かに嫌がるものである。そうでないと罰ゲームとして成立しないから。しかし、罰ゲームの被験者になった場合は、前向きに罰ゲームと取り組まねばなるまい。いや、罰ゲーム参加の権利を得たといってもいいだろう。
私も、罰ゲームに挑戦してみたい。しかし、そう願う時点で罰ゲームではない。アンビバレントな感情がここにある。私は罰ゲームに対して真摯な姿勢でいるからこそ、罰として以外の理由で罰ゲームに挑戦できない。罰ゲームの存在を尊重するからだ。
最近、行き過ぎた罰ゲームで女子高生が死亡したなどという事件もあったそうだが、嘆かわしいことである。今こそしんすくは、この間違いだらけの罰ゲーム事情に一石を投じ、本来あるべきともいえる罰ゲームのあり方に、軌道を修正する時ではないか。そしてそれが出来るのはしんすくである。
まずはしんすく本人がこの罰ゲームをどんどん実践していくべきだろう。早速しんすくには勝ち目がない競技を用意して、しんすくに罰ゲーム参加権を提供しよう。
私は今ものすごい境遇におかれています。というのは、じつは1時間後に罰ゲームが控えていると言うことです。内容は「授業中にトイレに行き、帰りにトイレットペーパーで自分をミイラ状態にして教室に入る」というものです。先ほどまで罰ゲームに対して自己嫌悪に陥っていましたが、ここにきて罰ゲームに対する自分の気持ちが変えられました。めいいっぱい挑戦してきます!!
ぼくは罰ゲームはとても神聖な行為だと思います。個人個人の潜在的な運と運とのぶつかり合いの結果、単純に強いものが勝つ!ある意味この世界の真理を忠実に表現している。そんな罰ゲームに乾杯